2006年03月06日

ドラマCD AIR 第9巻 AIR 後編



今年1/25発売の作品です。随分待たされましたがやはりそれだけのクオリティはありました。
私はいまだにずっとAIRが大好きで、この作品より好きになるものには出会えないだろうな、と思っているくらいです。
それで、以下のように項目立てて感想を述べていきます。

@ドラマCDとしてのAIR
AドラマCD AIR 第9巻 AIR 後編 の感想(ネタバレ含)
 (1)共感と感情移入
 (2)家族
 (3)残像
リスニングしながら割と気合入れて書きましたw

@
私はドラマCDというジャンルに手を出したことは少ないのですが、
今作は特にイマジネーションがとても喚起されました。
(とはいっても原作の映像は結構思い出してしまいますが。)
何か新しいAIRにまた出会った感じがしました。

実際に、今作はセリフや演出が多少変っているところもありました。

さらに、観鈴の演技・声質とも川上さんは
PS2版

劇場版

アニメ-TV版、
とそれぞれ少し変えています。
今作においても。強いていえばPS2版に近い演技だと思います。
同じキャラ・ほぼ同じストーリーで演じているのに、
微妙に変化をつける技術は本当にすごいです。感服しました。

A(1)共感と感情移入

私がAIRをこんなに好きな一番の理由は、“共感”できたからだと思います。
“感情移入”と言ってもいいと思います。
そして次に、やはり音楽でしょう。
AIRは賛否両論物議を醸した作品ですが、音楽のクオリティーに関してはほとんど異論は見当たりませんでした。

で、“共感”の話ですが、
カラスとなり「そら」としてこの世界に存在している往人の隣にいた観鈴のモノローグ。
消えない苦痛に涙を浮かべながら

 「でも、がんばらないとね。ひとりでも、がんばらないとね。ずっと独りだけど。がんばらないとね。」
 「友達ができそうになっても泣きだしちゃって・・・好きな人ができてもその人失って。」
 「わたしは、いろんなひとに迷惑かけて生きてる・・・。だからだよね。
今までのわたしたちは迷惑かけないように、死んできたんだ。
わたしもあきらめていたらよかったんだ。ずっと、誰も好きにならずに独りでいればよかったんだ。わたしだけが犠牲になればよかったんだ・・・不幸だったらよかったんだ・・・。」 (慟哭・・・)

もうダメですね。聴いてられないです。哀しくて。
彼女は嘆き悲しみはするけれど、‘翼人の魂’を受け入れています。受け入れることができたんです。
観鈴を笑わせようとした、観鈴を愛した往人の想いの幻が彼女を抱き励まされて。
 「がんばってみせるからねっ」「もう弱音吐いたりしないからね・・・」
彼女の健気な強さに惹かれてやまないです。


(2)家族

晴子が全ての事情と想いを観鈴に打明けるシーン。
 「あんたはウチの子やあらへん。せやからあんたのこと好きになったらあかんって拘っとった。でもな、ウチあんたのこと好きや。ウチの拘りなんか結局なんの意味もなかったわ。」
 「あんたと家族でいられたら、それでええんや。もしうちが苦しむようなことになったんやったら・・・うちは嬉しいで。」

それは、観鈴の幼いころからの願い。

観鈴が想いを打明けるシーン。 
 「わたし、お母さんのこと大好きだから、嫌いにならなくちゃいけないの」
しかし、晴子の献身を拒絶し、嫌われようとする観鈴。
 「お母さんとふたりで生きていきたい」

ここから観鈴と晴子はお互い本当の家族になるスタートを切ったんだと思います。
けれど、翼人の記憶の所為なのか観鈴は記憶を失ってしまいます。
晴子は二人の関係‘家族ごっこ’にすぎなかったのかと傷心します。


敬介が観鈴を迎えにくる2回目のシーン。
私はこのシーンが一番好きです。

眠ったままの観鈴を敬介が連れていく。
けれど、観鈴は目を覚まし、暴れて、
海水に落ちて、動かない足で必死に、晴子を求めて。
観鈴は、晴子を「ママ・・」と呼ぶ。
ここでいい感じに‘鳥の詩’のBGMが入るんですよ。・゚・(ノД`)・゚・。

家族であって家族でない関係、があれば、
家族じゃないけど家族である関係、もある。
観鈴と晴子はこの時、後者の関係、そして、本当の家族になれたんだな、って。


ここから、晴子は観鈴のためだけに存在している様子になってるようでした。
けれど、観鈴の理不尽で過酷な宿命は続いています。避け得ぬ死を目前にしながら、奇跡への挑戦。

 「ゴールは二人で迎えたいもんね。青空のしたで。」
そして、観鈴がゴールを決行するシーン。
 「ゴールしていいよね。もう、いいよね。わたし、がんばったよね。わたしの目指してきたゴール。わたし、がんばったから、もういいよね。やすんでも、いいよね。」
 「ごめんね、おかあさん。でもわたしは、ぜんぶやり終えることできたから・・・」
 「なにもかも、やりとげた。もう十分なくらい。この夏に、一生ぶんの楽しさがつまっていた。もう一度だけがんばろうと決めたこの夏休み。いろいろなことがあったけど、つらかったりくるしかったりしたけど、がんばってよかった。」
 「わたしのゴールは幸せといっしょだったから。 ひとりきりじゃなかったから。
  だから、もう、ゴールするね・・・。」
 「やっと・・・たどりついた。ずっと探してた場所・・・。ずっと幸せなばしょ・・・。」

たくさんの思い出がある。
他には、なにもいらないくらい。。・゚・(つД`)・゚・。

翼人の記憶は幸せな記憶とともにかえっていく。
幸せな記憶、幸せな記憶、幸せな記憶。切ない。


(3)残像

残された人の想い。
晴子の台詞。
 「すごかったんやなぁ。家族って。このうえない幸せと、このうえない辛さ、すべてがそこにある。」「うち、いまはもう自信あるねん。うちはあの子の母親なんやって。うちの子もいつまでも観鈴だけなんや。」

この台詞は、観鈴のゴールが幸せといっしょだったからこそ言えた言葉なんだろうなぁ。
このうえない幸せと、このうえな辛さ、すべてを失ったはずなのに、晴子はずっと観鈴の母親でありつづけることで生きていけるんだろうって思いました。


そらに話し掛ける晴子。
 「あんたには翼があるやないの。いかなあかんで。うちも長い時間かかってしもたけどようやく踏み出すことできたんやで。踏み出せば道はどんどん続いてる
  生きていくんやうちは。うちは歩いていくから、ずっと雲を追いかけて。せやからあんたは翔ぶんや。翼のないうちのかわりに。人の夢とか願いぜんぶ空にかえしてや。そうすればうちらはきっとずっと穏やかに生きてゆける。そんな気がするんや。だから、ほら・・・」

これはプレーヤーに対するメッセージなんじゃないかと思ってます。
踏み出すこと。生きてゆくこと。
それを彼女の体験と心情を通して、伝えたかったこと、なんじゃないかって、そう思いました。

以上です。ちょっと疲れたけど、この作品の感想は手を抜きたくなかったよ。観鈴ちんみたいにがんばっただよ。もうゴールしていいよね。



posted by wotamaturi | Comment(2) | TrackBack(0) | AVG
この記事へのコメント
wotamaturi様ありがとうございます。
『アニメって本当に面白いですね。』管理人のダース・マユゲと申します。
リンクさせていただきました。
私もやっと初めて2ヶ月たったばかりです。
よろしくお願いします。
ちなみに同い年ですよ。
Posted by ダース・マユゲ at 2006年03月06日 15:22
こちらこそどうもありがとうどざいます〜。
こちらはまだ一週間もたっていないので、2ヶ月は結構大先輩って感じもしますw
同い年同士これからもどうぞよろしくです〜(´∀` )
Posted by wotamaturi at 2006年03月07日 10:49
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